2017年10月18日水曜日

親が間違えるお手本に。小学校1年生に必要なこと

娘が小学1年生になり、学校生活が始まって間もない頃のこと。当時娘はまだ5歳でしたが、イギリスの学校制度では小学校1年生、義務教育となり、いわゆる読み書き、算数も本格的に始まります。

3歳年上の兄もいるせいか、兄のマネをしているうちに器用に要領よく何でもできる(ように親からは見える)娘、私は特に何の心配もしていませんでした。学校生活も、兄を見ているので、実際に始まる前からよくわかっているようでしたし、何より学校生活を楽しみにしていました。


担任の先生と初めての面談

学校が始まって最初の面談で先生から意外なことを言われました。

「娘さんは間違えないんです。」

娘は間違いをしない? 何の話なのか、最初私にはわかりませんでした。

音読で、読み方がわからない言葉が出てくると、すぐ先生に読み方を聞く。自分でどう読むか考えて読んでみることをしない。

作文で、綴りがわからない言葉があると、書くのが止まってしまう。先生にスペルを教えてもらってからでないと書かない。自分なりに書き進めようとしない。

数がうまく数えられなかいと、すぐやめてしまって、教えてもらえるまで待っている。諦めずにやってみようとしない。

そういうことでした。

「間違いを恐れなくなること、それが1年生の課題ですね。」


正解を先に与えないで

それは家でも全く同じです。でも、私は正しいやり方でやろうとすることはいいことだろう、くらいにしか思っておらず、むしろ私が積極的に「正解」を彼女に教えていました。間違えて覚えてしまうより、正しいものを最初に覚えた方がいい、と思っていたのです。

「間違えることは誰にとっても嫌なこと、子どもが恐るのも当たり前なんです。だけど、それを避けているだけでは学ぶことはできません。難しいことでもチャレンジする。自分の力で考える。なぜ間違えたのか知る。そういうことができるようになってほしいです。」


親こそ間違える「お手本」に

反省するしかない私に、先生からのアドバイスがありました。

「子どもは親をよく見ているもの。親が間違えるお手本になってあげてください。わざとでも、英語だけでなく、日本語でも、子どもの前で間違えて見せてあげてください。
「ママ、間違えちゃったわ」
とか明るく言いながら、間違えを直すところまで一緒にやるといいと思いますよ。」

「それなら私にもできます!」

と私も決心しました。


娘が書くバースデーカードの変化

そうして1年生が過ぎていきました。
ある日、友達へのバースデーカードを娘が書いています。

1年生になったばかりの頃は、

「ママ、お手本書いて!」

とお手本を写しながら

Happy Birthday!

というカードが書いていましたが、いつの間にか、自分ひとりで書くようになっていました。




You are my best fre(i)nd in my lif(e). Happy Birthday to you.

かっこになっているアルファベットは抜けています。しかも、y が鏡文字。間違いは、お手本を写していた時よりも多いです。でも、先生が言っていた「学ぶこと」ができるようになってきた、とはっきりわかりました。

あんなに慎重で間違えることが大嫌いだった娘でも変わるものなんだ、と子どもの柔軟な心に感動しつつ、私は勘違いしていたなあ、と改めて思い返しました。


野口由美子

2017年10月11日水曜日

日本より素晴らしい? オランダの教育、現実は

「オランダの教育って自由で素晴らしいって聞いた。」
「世界で子どもの幸福度1位のオランダだから、学校でも子どもは幸せなのでは?」

私自身、あまりよく知らなかったので、オランダの教育についてはぼんやりとそんな印象を持っていました。オランダに住むようになってから、実際に親として、先生として、オランダの教育に関わっている人の話を聞くようになり、

「確かに、オランダの教育には、日本の教育にはないものがある。でも、子どものいじめや先生の問題、学校の序列だってあるし、これが理想の教育ともいえないかも。日本の教育スタイルと比べると、伸びる子はどんどん伸びる一方で、そうでない子がすくい上げてもらえる機会が少ないことが残念。」

完璧な教育制度なんてない、結局、隣の芝生は青い、ということなのだろうと思います。


理想ではなかったけれど、完全に負けたと思ったこと


ちょうど先週、オランダの学校の先生に小学生向けのリーディング・テキストを見せてもらう機会がありました。最近は採用する学校が多くなり、「流行り」のテキストだそうです。




ウェブでの配信のみ、紙ベースで出版されている本ではありません。内容は、最新のニューストピック。その時々の出来事が取り上げられます。これは本ではできないこと、ウェブ配信の最大の強みかもしれません。

難易度は6つのレベルに分かれていて、一番易しいレベルは小学校3年生向けで語数も少ないのですが、一番難しいレベルになると、中学生向けくらいの新聞記事のような内容になります。実際の授業では、クラス全員でその年齢向けのものを全員で読むというよりは、子どものレベルに合ったものをそれぞれ読ませるのだそうです。

本文に続いて、本文に出てきた単語や文法の説明と問題、さらに内容理解のための読解問題が続いています。これらは選択式の問題が中心ですが、自分の意見を記述するライティングも用意されています。

すべて紙に印刷して使うこともできますが、タブレットやデジボード(電子黒板)での利用が基本のようで、先生向けの授業用マテリアルも用意されているそうです。

その時々のニュースを題材にした子ども向けの読み物が毎週配信されて、授業で読む。レベル別に文章が用意され、その子のレベル合わせた文章を読むことができる。自分の考えを文章で記述する練習もする。クラス全体で内容について話し合いもする。

日本の国語の授業はどうだろう、イギリスの授業はどうだろう、と考えると、唸ってしまいました。

今週のトピックは「先生のストライキ」


トピックもまさに旬のニュースが選ばれていました。

ちょうど先週のトピックは、その週に行われる予定の小学校の先生によるストライキの話でした。テレビや新聞でも大きく扱われているニュースです。

この教材では、
・労働環境の悪化
・低賃金
という2点を挙げて、先生がストライキを行う理由が述べられていました。

「学校で先生たちはこれを子どもと読んで、ストライキのことを話すんですよね?」

つい私は質問してしまいました。

「もちろん、そう。」

先生は当然でしょ、という顔で私を見ました。

「でも子どもたちは、学校休みだ、やったー、くらいにしか思わないかもしれないけれど。」

確かに完璧な教育制度なんてないのかもしれませんが、それを目指して絶えず議論し行動していて、そのことを子どもにもオープンにしながら進めようとしている、これは理想だ、とまた唸ってしまいました。


参考 CED-groep "Nieuwsbegrip"


野口由美子

2017年10月4日水曜日

親になった娘に、母が初めて語ったこと

私自身が親になって初めてわかったこと、本当にたくさんあるのですが、自分を育てた母の気持ち、私は全くわかっていなかったと思います。

母もおしゃべりな割には、自分の母親としての思いなんて、母の口から聞くことはほとんどありませんでした。娘にとっては重荷になるだけ、と思っていたのかもしれません。娘の私は薄情なもので、反抗期を過ぎてもう大人になっているのに、母の気持ちなんて、気に留めてもいませんでした。ドライな母娘関係、だったのかもしれません。

里帰り出産、初めて聞いた母の思い出話


私たちはそんな母娘でしたが、初めての出産で実家に身を寄せていた私に、母自身が私を産んだばかりの時の思い出を話してくれたことがありました。

当時、私の母は祖父母(母にとっては義理の両親)はすぐ近所に住んでいました。祖母は毎日のように初孫である私を見に来て、同じことを言ったそうです。

「私が赤ちゃんの面倒みていてあげるから、買い物にでも行ってらっしゃいよ。」

母は半ば強制的に外出させられていたそうです。当時母は、

「私から赤ちゃんを取り上げて、自分だけで赤ちゃんをかわいがりたいのね。」

ちょっと義理母に意地悪されているように感じていたそうです。子どもの時には絶対わからなかったであろう、母の気持ち。そんなことがあったなんて、全く知りませんでした。

「でも今思えば、そうやってひとりで外へ出て、買い物して帰ってくるだけでも気分転換になっていたかもって思うのよね。ちょっと強制的くらいじゃないと、なかなかできないことだったかもしれないし。今になってわかった気がする。」

当時の母の気持ちはわかるような気がします。でも、なぜ、母は急にそんな話を私にし始めたのか、私はまだわかっていませんでした。

母からの思いがけない言葉


「お姉ちゃん(母は私のことをそう呼びます)も、ちょっと休んで出かけてみなさいよ。赤ちゃんはみていてあげるから。」

初めての出産、慣れない赤ちゃんの世話、昼も夜も関係ない生活に疲れていた私を心配して、母は思い出話をしていたのでした。私自身は自分の赤ちゃんのことで頭がいっぱいで他のことを考える余裕もなかったのですが、母が私のことを考えていることに気づきました。頑固な私にただ、「休みなさい」と言っても、赤ちゃんのことで頭がいっぱいで聞く耳を持たない、と思ったのでしょう(それは正解だと思いますね)。

自分の母親っていくつになってもありがたい存在なんだ、言葉で言うのは簡単だけど本当にそのことを理解したのはこの時だったのかもしれません。

やっぱり私の子どもたちも、親の私が思っていることなんて少しも気に留めてもいないのでは。それでも親は心配するのが仕事、いつも子どものことを思っているんだよなぁ、と私も母と同じかな、とちょっとうれしく思います。


*この投稿は、私自身が書いた記事をもとに執筆しました。こちらの記事もご覧いただけるとうれしいです。

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野口由美子

2017年9月27日水曜日

早期英語教育はいらない論争、結論はこれだと思う

早期英語教育はいいか、悪いか。この論争、幾度となく繰り返されていますね。

私の子どもたちはバイリンガル教育なので(私自身は早期英語教育反対派だったのですが)、この話題はいつも気になり、いろいろな人の意見を聞いています。

その中で、子どもの学校で開かれたワークショップで紹介された本の主張が一番納得できるものでした。



Colin Baker, "A Parents’ and Teachers’ Guide to Bilingualism" (Multilingual Matters)

この本の主張は、

  • 子どもは生まれつき、2言語以上の複数言語を習得する能力を備えている
  • 赤ちゃんからでも、大人になってからでも、バイリンガル(または3言語以上)になれる
  • バイリンガルになるための適切な方法は年齢、環境、個人によって違う

というものです。気になる早期英語教育については、

幼児からのバイリンガル教育が効果的であるかについては、イエスであり、ノーである。

というのが著者の意見でした。 私も結論はこれだと思っています。

イエス、という理由は、幼い子どもは「自然に」複数の言語を習得することができる点を挙げています。それは習うというより、身につけるようなもので、走ったり、絵を描いたりすることと同じように言葉を学ぶことができるのは、子どもの強みとしています。

また、小さな子どもであるほど、発音を正確に聞き取ることができます。聞く能力は年齢とともに落ちてしまうので、大きくなってから外国語を勉強して、流暢に話せるようになったとしても、母語のなまりが残ることになります。

ノー、という理由は、特に幼少のバイリンガルの子どもは言語の習得ペースがゆっくりになる、ということを挙げています。大人であれば、初めての外国語の授業でも、挨拶や簡単な会話などで使うフレーズをその日のうちに覚えることができるでしょう。でも、子どもは違います。新しい言語に触れて、初めて自分自身で言葉を発するまで、数ヶ月や1年かかって当たり前です。

早期教育の弊害、まさに体験しました


「子どもはスポンジのように言葉を覚える、というのはウソよ。」

とワークショップの先生に言われ、その通りだと思いました。たとえば、私の息子。言葉を話し始めるのが遅く、言語の発達がもともとゆっくりなタイプだったと思います。性格も積極的に前に出るタイプではありません。日本語だけでも遅いのに、早期英語教育には向いていない子だったと思います。

実際に今でも、話す英語は文法の正確さにかける部分があり、読むのも苦手、書くのもスペリングがいい加減になりがちです。日本語でも似たような状況。多分日本語だけでやっていれば、今の時点でもっと国語はできていたと思います。

日本での教育を考えると、やはり言語の習得が遅くなるというのは致命的なのことのように思います。改めて実感しているのですが、日本語は習得に時間がかかります。膨大な漢字を覚え、話し言葉ではあまり使わない熟語なども理解しないと読むこともできません。早期の英語教育より、日本語の習得が進んでから別の言語を勉強した方が効率がいいのではないかと思います。

それでも、早期英語教育がよかったか


でも、私にとっては英語教育って、そういうことだけではなかったです。いい大学に行ってほしい、とか、グローバルに活躍する人間になってほしい、とかじゃないのです。

息子は英語に苦労していますが、不自由な学校生活で、言葉もわからない弱い立場を体験したり、友達に親切にしてもらったり、自分とは違う人の気持ちを感じようとする子になったと思います。

日本語の環境だったら、彼は何ひとつ不自由なく生活を送っていただろうと思うと、言語の習得は遅れたとしても、彼の人生にとって意味のある経験だったと思います。

そして、世界の近さと広さを感じるのは英語が手っ取り早いと思います。今、彼がインターネット(主にユーチューブですが)で検索をするときも、英語と日本語両方を見ます。ひとつの言語だけでは得られなかった広い世界を見ることができるのが面白いようです。それだけでも、世界にはいろいろな人がいて、いろいろなことをやっているということを知ることができて、逆にアニメなど日本のコンテンツの良さを実感するようです。子どもだからって、日本語の世界だけに押し込めておくのはもったいないのが、今の世界かもしれません。

英語と日本語、まだまだ私自身も悩みながら、になりそうです。


野口由美子


2017年9月19日火曜日

「養護施設出身だからって、言わせたくない。」その若者の夢とは?

子どもの貧困対策センター公益財団法人「あすのば」で活動する石川昴さん(20)は、父親の暴力が原因で児童養護施設に2歳から入所、両親の離婚、父親の虐待を経験してきました。そのような境遇でも、スポーツの才能を生かし、東京都の育成選手に選ばれオリンピックを目指すだけでなく、奨学金を受けて大学進学も果たしました。しかし、大学進学後、石川さんはいくつもの挫折を経験して、一度は「どん底に落とされた」と言います。

     ◇

「自分は、スポーツも勉強もできるんで。自分が成功してやろうって思ってましたね。」


−−石川さんは養護施設にいて、恵まれた環境とはいえなかったかもしれないと思うのですが、スポーツや勉強はどのようにやってきたのですか。

自分は何でもできちゃうんですよね。スポーツは得意だったので、中学生の時に東京都のジュニアアスリート育成事業の選手に選ばれて、そこでカヌーと出会い、オリンピックを目指して練習に取り組みました。でも、高2の時、精神的に不安定になって、自分でもどうしてだかわからないのですが、突然辞めてしまいました。

それからずっと悶々とした日々を過ごしていましたが、ちょうどソチオリンピックのスキーハーフパイプをテレビで観て、「自分もこれやってみたい」って強く思ったんです。テレビで観た日本代表選手に直接連絡して、コーチになってもらってスキーを始めました。本気で自分はスキーでオリンピックに行くんだって思って、やっていましたね。

周りからは、「勉強できるんだから、大学行けば?」と勧められていたのですが、オリンピックが第一の夢だったので、もともと大学は行く気がありませんでした。

でも、高校で中国語の授業があって、中国語に興味が出てきたんです。中国語を勉強できる大学を知って、そこで、スキーの練習と両立もできるって話を聞いたので、それなら自分に向いているかな、と。奨学金とかで、お金の問題も何とかなったので、進学したのです。養護施設出身でも、自分はスポーツも勉強もできるんで。自分が成功してやろうって思ってましたね。

−−どうして大学を辞めてしまったのですか。

大学行ってみたら、周りの人間は、遊んでいるか、休みたいって愚痴言っているか。せっかく大学っていい所のはずなのに、行く意味とか、ありがたみとか、そういうことを感じられなかったんです。人生無駄にしてんな。学歴だけじゃん、みたいな。自分にはスキーがあったし、学歴はいらないんで、1ヶ月で辞めました。

−−その後スキーは?

フリーターをしながらオリンピックを目指せばいいって思っていました。でも、スキーって危険なスポーツなんですよ。大きな怪我も多いし、後遺症が残ったり、障害者になってしまうことだってある。そういう危険を親が了承しないとスキーを教え続けることができないって、コーチに言われたんです。自分の両親は健在だけれど、父親に親権があります。

結局父親から承諾をもらうことはできなかった。そこで諦めるしかなかったんです。

「今まで自分に関わった人を裏切ってしまった。それでも、周りの人たちは自分を受け入れてくれた。」


−−大学を辞めてスキーも諦めてからは、何をしていましたか。

父親に90万円貸していたのが、返してもらえなかったっていうのもあったりで、鬱みたいな状態でした。グレて、良くないこともしました。自殺未遂もしました。最後には全て奪われて、どん底に落ちました。

今まで自分と関わってきた人を裏切ったことになって、社会からも隔離されて。思い出したくないことだけれど、その時自分に向き合い、過去を振り返る時間があったからこそ、今の自分がいると思います。

そこまで落ちたのに、ほとんどの人が自分を受け入れてくれた。だから自分も今まで支えてくれた人たちに恩返しするためにも、目の前のことを全力で取り組んでいこうと思いました。

「正直俺にも居場所ってあるんだなって。」


−−それから、貧困支援など、いろいろな活動に参加するようになったのですね。あすのばの活動に参加するきっかけは何ですか。

あすのばは、養護施設出身者の仲間に誘われて、大学生世代のミーティングに参加したのが最初です。大学辞めるくらい大学生嫌いだったし、NPOとかの支援団体も嫌いだったんですけど。

−−それなのにどうして、あすのばの活動に参加しようと思ったのですか。

そこにいた学生ってみんな不器用なんですが、それでも何かを残そうと必死なんですよ。自分も苦労を知っているから、共感できて、いいなと思いました。

支援団体も、当時自分があまり知らなかったということもあるけれど、「貧困ビジネス」と言われるような、本当に支援を必要としている人のことを考えてんのかっていう団体も中にはあって、疑問だったんです。

あすのばは、「(支援を必要する人がいなくなって)あすのばを解散するのがゴール」って言うんですよ。後になって、きちんと支援に取り組んでいる団体をたくさん知ったんですが、あすのばの、その考え方はとても気に入ったんです。

東京都内であすのばの募金活動を行う石川さん(右から2人目)たち


−−貧困家庭の子どもたちが参加する「あすのば合宿ミーティング2017*注)」で、石川さんは奮闘してがんばっていたと聞きました。印象に残った出来事は何ですか。

今年の夏の合宿ミーティングでは、総合司会と班のファシリテーターとして、運営の立場で参加しました。

合宿のキャンプファイヤーで、一緒に語り合った班のみんなの顔を見たら、安心して俺が泣いちゃったんですよ。班のみんなも泣いてくれてうれしくって。正直俺にも居場所あるんだなって。合宿の仲間はもうみんな家族なんですよ。

キャンプファイヤーにて 1


合宿の最後、司会から一言、があって俺が話さなくてはならなかったんですけど、笑顔のみんながこれまで苦労してきた姿とか苦しんでいた姿とかいろいろ考えたら、喋る前に涙が出ちゃったんです。こんなに泣いたのは久しぶりで。みんなから「司会お疲れ様」とか「昴が司会じゃなかったらつまんなかった」なんて後からラインとかでまた泣かせてくれて。

合宿の司会を務める石川さん

俺にも感謝してくれる人がこんなにもいるんだって気づきました。

「誰かとつながっていると、立ち直れる」


−−合宿の意義は何だと思いますか。

合宿ミーティングは、集まった子達でカレー作ったりスポーツしたり、語り合ったり、非日常の場ですが、そこで第2の居場所というか第2の家族みたいなものを見つけることができるんです。それは根っこからのサポートだと思います。

合宿での石川さん(左上)と班のメンバー


あすのばでは給付金事業もやっているけれど、お金を渡すのは応急処置であって、精神的サポートこそが本当に根本からの支援になるのです。

確かに合宿で出会った子同士は、普段近くにいるわけではないです。日常生活は何も変わらないかもしれません。でも、自分のことを吐き出せたり、無条件に頼れたりできる人がいるって重要なことです。誰かと自分がつながっているだけで立ち直れるんですよね。

友達だと、こんなこと言ったら恥ずかしいとか、こんなに頼ったら悪いと遠慮とかしてしまうけれど、家族は、いざっていうときこそ頼れるものだと思います。友達ではなくて家族。自分には家族がいないようなものだったので、助けてとか、苦しいとか、言えなかったし、自分のことを吐き出したこともなかったです。でもだからこそ、辛いことがわかるし、俺も無条件に頼れる家族のような存在になりたいって思うんです。

キャンプファイヤーにて 2


「助けるならとことん、苦しんでいる人をサポートしたい。」


−−石川さんは自ら率先して行動するタイプですよね。これからの夢は何ですか。

いろんな人に会って、いろんなことを経験したい。楽しさ、やりがいで仕事を選びたいって考えるようになりました。

お金とか名声とか全然欲しいと思わない。就職する気もないんです。起業したい。

今はバイトをしながら、シェアハウスを運営しています。もともとは知り合いの子で困っている子たちを何とかしたいと思って、自分が家を借りて面倒をみるようになったのがきっかけです。今知り合いの子が巣立っていったので、入居者を公募して継続しています。

自分一人で歩けなかったら意味がない。助けるならとことんサポートしたいと思っています。家事の仕方やお金の管理、人生設計も相談に乗るし。施設出身者とか困っている人たちのサポートをもっとやっていきたい。

みんなどこかにスイッチがあって、スイッチが入ればできるはずなんです。社会の中で、そのスイッチが入るチャンスを潰したり、なかなかスイッチが入らない人を切り捨てたりしてはダメだと思う。世の中、見て見ぬ振りをする人が多いように感じます。周りに関心を持つことが大切で、関心の輪が広がることが、社会を社会全体で支えることにつながると思っています。

     ◇

*注 あすのば合宿ミーティングは、ひとり親家庭や児童養護施設などで育った経験のある、または学習支援や子ども食堂など子どもに寄り添う活動経験のある高校生・大学生世代が集まり、学生らが中心となって試行錯誤しぶつかり合いながら作り上げられています。あすのばの中核事業のひとつとして、毎年開催され、2017年は816日から19日に国立赤城青少年交流の家(群馬県)にて、総勢100名が参加し3泊4日の時間を共に過ごしました。

(写真出典: あすのばFacebookページ



聞き手・野口由美子