2017年8月22日火曜日

日本より、海外の方が子育てにやさしい?

今年は、5年ぶりの日本の夏、を体験してきました。北ヨーロッパの生活が続いて、すっかりなまっていた体には、案の定厳しい暑さで、一緒だった子どもたちも応えていたようです。いつもあんなに元気いっぱいで天気がよければ外で遊んでいたい子どもたちから、

「昼間は暑くて外に出たくないよ。」

という言葉さえが出ていました。暑かったです。

知人からのある質問


東京も今の私にとっては新鮮に映ります。すっかりヨーロッパの片隅の田舎者感覚が身に付いた私に、知人からこんなことを聞かれました。

「ヨーロッパとか旅行していると、道端で知らない人にニコッと笑いかけられることがあるんだけれど、あれって何?どうしたらいいの?」

「微笑み返さないと、人間としてダメ、だね、ちょっとおかしい人っていうか、その社会の一員ではない、くらいにみなされる。日本だったら挨拶ができない人と同じような感じかな。」

「えーっ、そうなの!?」

「もちろん、ロンドンとか都会で人がたくさん行き交う所で、いちいち笑いかけたりなんかしないけど。でも、ちょっと目が合って、微笑みかけるというのはあなたのことを認識していますよ、というような、やっぱり挨拶みたいなものだよ。」

伝わりやすい「やさしさ」にあふれている社会


私の毎日の生活でも、電車やバスではよく声を掛けられて、子どもに席を空けてもらったり、微笑みながらドアを開けて待っていてくれたり。困っていたら声を掛けてくれる人もたくさんいます。

今の私にとっては、そういうやさしさが当たり前。子どもにも
「いつも笑ってばっかりのママ!」
と言われますが、よく考えてみると、日本では都会でも田舎でも、あまり知らない人と目が合って微笑み合うなんてことはないな、と思いました。私が日本で、お店にいる人にちょっと微笑んで店内に入ると、特別な用があるように見えるのか、すぐに店員の方が来て話しかけられるような調子です。目を合わせることの意味がちょっと違う、文化の違いを感じます。


日本はやさしさが足りない?


そんな文化の話をしていて、あっと腑に落ちたことがありました。

海外生活を何年かしてきた知人に、日本生活の近況を聞いた時、

「日本は子育てしにくい、やさしくないと思うことが多いよ。」

と言われたことがありました。

目を合わせて微笑んだり、声を掛けあったり、そういう直接的なコミュニケーションが少ないことが、「やさしくない」と感じる要因の一つになっているのでは。

今回日本に滞在して思ったのですが、やさしい人はたくさんいました。どこの国にもいい人はたくさんいるものだと思います。でも日本では、わざわざ表立ってわかりやすい形で親切が示されるわけではないと感じました。

さりげない「やさしさ」


私と子どもと3人で電車に乗って、暑さでぐったりしている私たちにさりげなく席を立って、譲ってくれる人。

譲られて恐縮する私に世間話をして、気持ちを和らげてくれる人。

騒いでいる子どもたちに
「お子さん、いいですねえ。英語が話せるなんて。」
と話しかけて、子どもたちを冷静にさせてくれる人。

道に迷っている私を見かけて
「会場ならあっちだよ。」
と行先を私が言う前に道案内をしてくれる人。

さっと現れて、すっと過ぎていってしまうので、もしかしたら、子どもたちに気を取られてばかりの私が気付かないうちに親切にしてもらっていた場面もあったかもしれないとさえ思ってしまうほど、多くの人がさりげないのです。


親や子どもへの厳しい視線はわかりやすい?


どこの社会にいても、子どもやその親に対して厳しい視線を向けられることがあります。でも、日本ではそういう厳しい視線や意見は、さりげないやさしさとは逆に、はっきりしていて露骨なような気がします。

疲れているなぁ、とか、余裕がないんだなぁ、とか、そういう問題かもしれないです。

電車の中で、疲れ切って眠っている(ように見える)人やとにかく知らん顔のまま下を向いている人、というのは日本ならではの光景のように思えました。やはり日本はちょっと休みが足りないかもしれないです。

子育て中は特に余裕がないのですが、誰かのさりげない親切に気付けると、世界も違って見えるのではないかと思いますが、どうでしょうか。

また私が日本に住むことになったら、改めて考えてみたいです。


野口由美子

2017年8月10日木曜日

なぜミニオンは世界でウケる?

夏休みが続いていますが、オランダはイマイチ天気が悪い日が多いです。猛暑の日本から戻ってきた私にとっては
「東京の10月下旬くらいじゃないかな。」
と思えるような天候。もう夏は終わってしまったかのよう。

先日、やっぱり雨が降りそうな空だったので、子どもたちのリクエストで映画を観てきました。

AmsterdamにあるTuschinskiという劇場を改装した映画館に行きました。


『怪盗グルーのミニオン大脱走』(Dispicable Me 3)




子どもたちは前の作品も観ていたのですが、私は家のテレビで流れていたのをところどころ観ていただけで、しっかり全編を見たのはこの3作目が初めてでした。

映画館の中。内装も他の映画館と違います。


実際に観て、世界的に人気があるのはすごく納得、いい作品でした。

後で本作品についての批評をいくつか読んだのですが、予想通り評価は辛口でした。ミニオンの使い方とか映画のストーリーやメッセージとか、批評家ウケしないようでした。そこであえて私は、ここがよかった!と思ったところをいくつか。
(ストーリーについてはあまり言うことがないので、この記事には、ネタバレ、みたいな部分はありません)

誰にでもわかる家族愛、でも、正しさについて説教しない、泣かせようとしない


ストーリーは単純、メッセージは「家族っていいものだよね」みたいな感じにまとまっています。私としては、「娯楽性に特化」がかえって心地よく感じました。ストーリーで泣かせようとか、正しい価値観を訴えようとか、力が入ったアニメ映画に食傷気味の人、というのは私だけでなくて、意外と多いのかもしれないですね。

映像と音楽の「楽しさ」を追求する


娯楽性に特化する姿勢はかなり高いレベルで実現しているところが、大人が観ても楽しめる作品にしていると思います。何よりもミニオンはいくら見ていても飽きないですね(ミニオンが観たい人にとっては、今回の作品は期待外れのようですが)。アニメにしかできない表現を追求しています。

音楽は映像にピッタリ合っているけれど、単なる映画の付属品ではなく音楽単体でまた聞きたくなります。家に帰ったらユーチューブでファレル・ウィリアムスをチェックしていました。

とにもかくにも、映像の仕掛けがすごいです。特に2つのポイントが私にとって印象的でした。

レトロで訴える


本作ではブラットという悪役が80年代カルチャー全開で登場します。80年代を知る大人世代は彼が画面に現れるたびに笑ってしまい、心つかまれるキャラクターです。子どもは80年代なんてわからないのですが、その強烈な個性に、息子は「ブラットが一番面白かった!」と言っていました。

完全たる「アメリカン」にはならない


ヨーロッパに住んでいる私にとっては、この映画からディズニー等のアニメにはない「ここはアメリカではないどこか」という印象を受けました。ディズニー映画だと、「アメリカってこんな感じだよね」とか「アメリカ人の考えるヨーロッパってこんな感じだね」とか、アメリカ映画であることを強く感じますが、この映画の登場人物の造形や、街並みの一部には、そんな「アメリカン」な印象がありません。

一番わかりやすいのは、フレドニアンのチーズ祭りのシーンかと思います。あんな感じの伝統的なお祭りは、ヨーロッパの各地で見かけるので親しみを感じました。「アメリカ中心に世界は回らない」感じが今の世界の空気に合っている、というのは深読みし過ぎでしょうか。

まだ深読みすると、現実世界が映画よりも嘘っぽかったり、巷にあふれるストーリーには多くの意味付けがされていたり、何かと疲れることが多いので、こんな作品に心から楽しんでいる時間が何よりも癒されるかもしれないのかな、と。


野口由美子

2017年7月19日水曜日

子どもたちは、日本に帰りたい? 帰りたくない?

夏休みが始まりました。子どもの友達は、今住んでいるオランダ以外の国から来ている家族が多く、夏休みずっと故郷の国で過ごす、なんて話をよく聞きます。

ポルトガル人の子にしてみたら、ポルトガルは太陽がいっぱいでビーチで毎日過ごす楽しい所。フランス人の子にとっては、フランスは家族みんなでバカンスを過ごす場所。故郷の国を離れて暮らす子どもたちにとって、故郷の国は休暇を楽しく過ごす場所なのだろうと思います。

お休みの時しか故郷に帰ることがないので、学校もなくて遊んで過ごせる故郷の国は子どもにとって大好きな場所であるのは当然かな、と思っていました。

故郷に帰りたくない子たち

でも、故郷の国があまり好きではない子もいるのです。

息子が仲良くしているルーマニア人の子は、故郷の国が好きではないと言っていたそうです。

「街もきれいじゃないし、道路もすごく悪いし、好きじゃない。」

その子のお母さんの話を聞くと、納得せざるを得ない気がします。

「ルーマニアの学校にいた時、両親と一緒に暮らしている子は25人のクラスで3,4人しかいなかった。みんな出稼ぎの仕事をしていて、大抵の場合は家族そろって暮らせない。高賃金の仕事はルーマニアの外にあるから、そういう仕事に就ける人は国外に家族で行ってしまう。うちの子たちも、オランダにへ家族で引っ越すとクラスメートに言ったら、すごくうらやましがられていた。ルーマニアはやっぱり貧しい。でも、何よりもひどいのは、政治が悪くて豊かになる望みもあまり持てないこと。残念だけれど。」

別の友達のインド人の子は、そもそも生まれた時から海外を転々としていてインドに一度も行ったことさえなく、あまりインドに対する愛着はないようです。

その子のお母さんが言っていたことも印象的でした。

「インドには私の両親もいるし、友達もいる。私はいつかインドに帰りたいって思うけれども、夫が嫌みたい。インドではもう暮らしたくないって。確かに、ヨーロッパなら、街もきれいで安心して住めるし、いい教育も受けられているし。もし、インドに住むことになったら、子どももすごく戸惑うかもしれない。たぶん、ずっと海外に住むことになりそう。」

ちょっとさびしい気がします。

わが子にとって日本は


日本人であるわが子たちは、

「日本行くの!? やったー!!」

「じいじとばあばに会える! あと、お寿司でしょ、ラーメンでしょ、ポケモンも!」

そんな単純なものですが、日本が好きというのは、親とってうれしいものです。

この夏は家族で日本に行って、どんな日本が見えてくるか、楽しみにしています。


野口由美子







2017年7月7日金曜日

夏休み前はどんな気分?

早いもので、もう7月。夏休みが近づいてきました。日本の学校だったら、1学期の終わり、4月に新年度が始まり、新しい環境に慣れてよかったよかった、なんて感じる頃かもしれません。


今が学年末の学校では


こちらは、夏休みが学年の区切り。今の時期が学年末です。我が家の子どもたちは来週には学校が終わり、長い夏休みに入ります。いつも学年最後は、

コンサート
スポーツ・ディ
マラソン大会

と、イベント続きで、本業の勉強はもうおしまい、という感じです。

今週行われたチャリティー・マラソン大会では、近くの公園まで歩いて行って、1キロ程度公園を走って、そのままピクニック、午後学校に戻ってからはクラスでポップコーンを食べながら映画を観ていたそうです。学校行事といっても事前の準備や練習を入念にやるわけでもなく、普段の授業に比べてだいぶ気楽みたいです。


ステップ・アップ・ディ


今週は他にも大切なイベントがありました。

ステップ・アップ・ディ

という日で、9月から始まる新しい学年の新しいクラスの顔合わせをします。日本では、新年度のクラス分けを事前に知らせてくれる学校は少ないのかもしれませんが、子どもたちの学校では毎年クラス替えを行い、前年度末に新クラスが発表されます。

クラス替えについても、事前に先生が

「誰と同じクラスになりたいか。」

直接子どもに聞きます(もちろん、希望がいつも叶うわけではないので、友達と一緒かどうか、担任の先生は誰か、親も子もやきもきします)。

今回、息子は来年度も担任が変わらず同じ先生、がっかりしていました。仲の良い友達と何人も同じクラスになれたのに、

「クラス全員女の子で僕ひとりだけになってもいいから、先生が変わってくれた方がよかった。」

なんて言っていました。普段女の子と接するのが得意でない息子にとって、かなり落胆、ということを言いたかったようです。

「また先生のクラスで残念だったね!!」

ステップ・アップ・ディでは、先生自ら、息子にそんな声掛けしたのではないかな、と。いつもそんな感じです。(厳しいと評判の先生で、以前のブログ記事でも紹介しましたが、いろいろ逸話が絶えない先生です)。


よい夏休みを!


毎年、新クラスの発表の時期になると、事前にきちんと情報を出して説明する、ということは子どもにとっても大事だな、と感じます。それまで後ろ向きだった息子も、ステップアップ・ディで実際に新クラスに集まってみると、そんなに悪くないかも、と思えたようです。不満を言わなくなりました。先生が厳しいといっても、息子はそんなに嫌ではないのかもしれません。

こうして、子どもも親も安心して夏休みに入ります。夏休みは学校のことも一旦忘れて、リラックスです。


野口由美子

2017年6月29日木曜日

子どものおねしょ、簡単には治らないけれど

近所のスーパーで買い物をしていた時、たまたま赤ちゃんのオムツ売り場の前を通りかかりました。その棚の端っこに、赤ちゃんではなく、ティーンエイジくらいの男の子が眠っている写真がついたパッケージにたまたま目が留まりました。その横には同じくらいの年代の女の子が写った写真のパッケージもあります。

パジャマパンツ 8歳から15歳用

その商品は、おねしょ対策の夜用パンツでした。おねしょって大きくなっても結構する子はいるんだな、と改めて気づかされました。

おねしょはあまり触れる機会がない話題だと思います。子ども自身が大きくなってくると、本人が気にするだろうから、おねしょのことを本人に向かっても言わなくなるだろうし、家の外では、秘密厳守、になっていることが多いのではないかと思います。

でも、外泊となると、秘密を守ることは難しいもの。どうするか。

我が家であった、おねしょをめぐる出来事を記事に書かせていただきました。ご覧いただけるとうれしいです。

ママのための子育て情報WEBマガジン「ママスタセレクト」
おねしょが心配な子が我が家にお泊まり。その子がとった行動は?

おねしょが心配だったその女の子は、まだ6歳、幼い部分もありますが、もう6歳、彼女なりにプライドもあります。その子のとった行動は、私には意外なもので驚きましたが、その子の母親の采配があっての行動だとわかり納得できました。

おねしょは、その子にとって、どう考えても良くないことで、できるだけ触れないであげるのが一番と私は思っていましたが、避けられないならいっそのこと、とプラス思考に持っていったそのお母さんの力量に、頭が下がる思いです。


野口由美子

2017年6月22日木曜日

子ども同士のトラブル、親にできることは

笑う門には福来る、と思い、実践を心がけている私ですが、内心困った、と思っていることがありました。


娘が他の子とトラブル?


娘が、スイミングレッスンに行く度に

「いじめられるから、行きたくない。」

と泣くようになったのです。すでに3週連続。スイミングレッスン中、親は2階の観覧席から様子を見ています。プールがいくつもある広い場所なので、観覧席からすべてを見えず、私は今までその現場を見たことがありません。

どの程度なのだろう。

本人の話では、同じグループの男の子が、娘の水着を引っ張ったり、からかって笑ったりしているそうです。いじめ、と言うほど深刻なものではないかもしれないけれど、本人がそう言っている以上、どうにかしなくては。かなり困りました。


むやみに親が介入したくないけど


「どうしたらいいと思う?」

娘がどうしたら安心できるのか知りたくて、本人と話してみることにしました。私は、子ども同士で解決できるんじゃない?という姿勢でいることにしました。

「いつも先生のそばにいるようにしたら、その子もやらないんじゃない?」

「何か嫌なことをされたら、「やめて」って大きな声で言ってみたら。」

「水着を引っ張るなら、もっと引っ張らせてあげれば。嫌がると、その子も面白がって余計にやるんじゃないかな。」

「そんなのできない。泣いちゃう。」

娘の目からまた涙が出てきました。私自身も子ども時代は人並み(?)にいじめられた経験があるので、娘の気持ちもわかります。私は避けたかったのですが、親が行動を起こすしかないかも、と感じつつ、もっと話してみることにしました。

「じゃあ、ママが先生に相談するのは?」

レッスンでは、子どもたちが足のつかない深いプールで泳ぐことも多く、先生は泳いでいる子を見ているだけで手一杯に見えます。たぶん先生は、娘がいじめられている現場を見ていないだろうと思ました。

娘も乗り気ではありませんでした。その子に直接私から話すというのも、できません。私があまりオランダ語を話せないので、その子と会話できないのです。(大人同士のコミュニケーションは、オランダ語ができなくても不自由ないので、オランダ語の勉強をさぼっていました。今更ながら後悔でした。)

「その子のお母さんかお父さんに、ママが言ってあげようか。」

「ママ、お話して!」

言ってみたものの、親同士でうまく話ができそうな気がしません。相手だって困惑するだろうし、双方が自分の子どもを守ろうとして、話がこじれる可能性も高いです。私が一番やりたくないことでした。でも、どこにいても「ママはいつも味方」であり続けたかったので、仕方ない、か。娘と一緒にレッスン前の更衣室を回り、その子と親を探しに行くことにしました。


とっさの思い付きで


「あの子!」

娘が指さしたのはトルコ系の元気そうな男の子。横に父親らしき人が電話で話し込んでいます。やっぱり、親同士でうまく話せそうな気はしません。電話中でよかった、と私は内心ほっとしました。

「あの子なのね。お父さんは電話しているから今は話せないね。」

娘にそう言った時、私はとっさの思い付きで、その子をものすごい形相でにらんでみました。

その子は、娘と一緒にいる私が母親であることに気づいた様子、私がなぜにらんでいるのか、わかったようでした。さっとシャワー室に逃げるように走っていきました。

「あの子なんで走って行ったか、わかる? ママがあの子をにらんだの。ママに怒られると思って逃げたんだよ。あの子はわかっているみたいだから、もう大丈夫。ママがずっと見張って、にらんでいるから、あの子はもう何もしないと思う。」

「本当?」

ちょうどスイミングレッスンが始まる時間になりました。


意外な結末でした


私は2階席から大声で娘の名前を呼んで手を振りました。あの子も気づいてこっちを不安そうに見ています。すかさず、にらみつける私。アジア人のおばさんが怒って何をしだすかわからないと思っているのでしょう、やはりその子は私のことが怖いようです。その子の父親は外で電話をしているようで、観覧席にはいませんでした。45分のレッスンが長く感じられました。

レッスンが終わり、娘が更衣室に戻ってきました。泣いていません。

「今日はどうだった? あの子何かした?」

「いじわるなかった! 「ハロー、○○(娘の名前)」って言ってただけ。」

私は驚いたのと同時に、気が抜けました。

「あの子、なんであなたの名前知ってると思う!? あなたはあの子の名前知らないでしょ。名前を覚えるのって簡単じゃないの。名前を覚えて呼んでくれるっていうのは、好きってこと。友達になりたいってことだよ!」

その子はいじめているのではなく、何かコミュニケーションのきっかけがほしかっただけだったようです。それなのに私ににらまれて、ちょっとかわいそうだったかも。

子ども自身で解決できない時は親が出るしかない、とか、言葉でのコミュニケーションが正確、とか、そんなことを考えていましたが、今回の経験は私の考えを少し変えました。翌週以降、その子と娘は楽しそうにレッスンをやっています。


野口由美子

2017年6月16日金曜日

家族がいない時間

今週、我が家はとても静かです。

息子が3泊4日のキャンプに行っています。バスでキャンプ場に行って、バンガローに泊まり、昼間はプールや遊園地、夜はディスコ、ボーリングと楽しそうです。年度最後の一番大きな学校行事なのですが、1年間勉強をがんばったご褒美、友達同士の親交を深める、というところが重要なようで、お勉強的要素がほとんどないところが潔い、くらいに感じます。日本の修学旅行とはちょっと雰囲気が違いますね。

キャンプ出発の朝、娘と私で見送り


子どもがいない間、親は

学校のウェブサイトにキャンプの写真が順次更新されます。私は、その中から自分の子どもが楽しそうに笑っているのを見つけては安心しています。

「娘が毎晩泣いているんじゃないか、なんて心配してる。自分と同じようにベッドで泣いてないかな、なんて」

冗談もキャンプの話。親同士でも、キャンプに行っている子どもの話題になります。子離れが難しいのは私だけでなく、どの親も思うことは同じみたいです。


いつもにぎやかな家は

我が家の2人の子どものうち、1人いないだけで、かかる労力が半分どころか、10%くらいにまで減ってしまったかのようで、すべてが静かにスムーズに進んでいきます。私は、手持無沙汰になるくらい、ヒマでした。

「学校に行く時間だよ。」
「うん。」

いつもは、朝からケンカで子どもの返事は聞こえてきませんが、娘がすぐにカバンを持って玄関に行きます。

「今日は学校どうだった?」
「楽しかった。」

いつもは、我先にときょうだい同時に話し始めて、何を言っているのかわからなくなりますが、娘と私だけの会話も静かです。

いつもだったら、道に落ちていた石でもケンカができるきょうだい、何でもケンカのきっかけになるし、たとえ何もなくても、兄の邪魔をして、かまってもらおうとする娘にとって、兄がいないのは、とてもさびしいようです。

毎日ケンカ、がなくなってみると

「あと何回寝たら帰ってくる?」
娘は私に何度も聞いてきます。
「早く帰ってきてほしいの?毎日ケンカばかりしているのに?」

ケンカは彼らなりの愛情表現なのですね。

そんなに大好きならもっと兄にやさしくしたらいいのに。でも、結局息子が帰ってきたら、いつも以上にもっとケンカをしそうな気もします。

そんな我が家の様子を友人に話していたら、こんなことを言われました。

「家族が1人いないだけで、家の様子が全く変わってしまうわよね。離れてみるとわかる。これもいい経験よね。」

離れてみてわかる、本当にその通りです。今日、息子が帰ってきて、夜には元の騒がしさに戻っているはずですが、同じ風景の中にも違いを感じるんだろうなと思います。


野口由美子

2017年6月9日金曜日

子どもの貧困対策法成立4周年のつどい開催「今もスタートラインに立てない子がいる」

2009年、子どもの貧困率が初めて日本で公表され、「子どもの貧困対策法をつくろう」と当事者の学生たちが声をあげました。子どもの貧困対策法が成立したのは、2013年6月19日。そして2年後2015年の同日、子どもの貧困対策センター「あすのば」が誕生しました。

2017年6月17日、国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区)にて、法成立4周年・あすのば成立2周年のつどいが開催されます。つどいでは、法成立からの4年間を振り返り、これからの支援はどうあるべきか、考えます。

つどいの企画・運営は、あすのばサポーターである学生たちが主体となって活動しています。そのメンバーである木戸寛捺さん(20・早稲田大学3年生)に、イベント準備の合間を縫って今の思いを聞きました。

木戸寛捺さん(20)



共有されていない、なぜ「子どもの貧困」に取り組むのか


――法成立4周年・あすのば成立2周年のつどいを、どんなイベントにしたいと思っていますか。

今日本では、多くの人がニュースや新聞で「子どもの貧困」という言葉に触れているのではないでしょうか。私や他のメンバーは、子どもの貧困問題のために活動することを当然のことのように考えています。

でも、社会全体では、子どもの貧困に対する意見はさまざまです。そして、子どもの貧困問題は複雑です。貧困問題には、子どもの親だけでなく、いろいろな大人の貧困があり、その周りには様々な社会問題があります。いわゆる「子どもの貧困」で焦点が当たる相対的貧困世帯の子どもでなくても、困難を抱え、そこから抜け出せない子どももいます。

なぜ「子どもの貧困」について取り組むのか。

今回のつどいではこの問いに改めて向き合い、共有したいと考えています。


イベント準備を進める木戸さん


「いくらお金がかかるか」ということばかり考えていた受験生時代


――木戸さん自身はこれまで生活に困難を感じた経験はありますか。

私の父は、障害があり働くことができません。私は高校1年からあしなが育英会の奨学金を利用しています。物心がつく頃には父に障害があることも理解し、当たり前のことと受け入れていましたが、大きくなるにつれて、友達と家庭環境が違うのだな、と感じるようになりました。

大学受験の時、自分は違う、と強く思いました。とにかく、大学受験にはお金がかかるのです。何をするにしても、お金が一番かからない方法を考えなくてはなりませんでした。大学受験が私にとっては一番つらかったです。

――受験勉強はどうやって乗り切りましたか。

大学受験は教科書だけでは完結しません。参考書も必要でした。でも何冊も買うことはできません。できるだけ学校の資料室から借りたり、古いものを譲ってもらったりしながら、本当に必要な参考書だけを買いました。

塾はぜいたく、と思う人もいるかもしれません。でも、現実には学校の授業だけでは足りません。周りの友達で塾に全く行かずに受験勉強をこなした子はほとんどいませんでしたし、自分も塾に行きたいと思いました。いくらかかるのか、費用で決めるしかありません。大手の予備校よりもお金のかからない、地元の小さな塾に通いました。

入学試験の受験料も高く、何校も受験することはできません。志望校は本当に行きたい学校だけに絞りました。入学試験のために実家の山口から上京するには、夜行バスが一番安く、他の選択肢は選びようがありませんでした。試験の度に山口から夜行バスで東京の試験会場へ行きました。


一番大切なのは「人」、すべての人の可能性を広げるのが「教育」だと思う


――木戸さんは大変でも大学に行きたいという強い意志がありましたが、支援制度の多くはそういう強い意志があって努力する人が対象です。それについてはどう思いますか。

私は、必死に勉強するしかないと思ってがんばりました。私ががんばれたのは、母がずっと私を支えてくれたからです。私は恵まれていて、心の貧困でなかったのだと思います。母は「経済的に苦しいから無理」と決して私に言いませんでした。私の力を信じて、将来の可能性をたくさん広げてくれました。大学受験でお金がかかるたびに親に申し訳ないと思いましたが、母はいつも後押ししてくれました。

――自分は幸運だったと思いますか。

そうですね、自分を支えてくれる人がいたという意味で幸運だったと思っています。さまざまな状況の貧困がありますが、親が働きづめで子どもと過ごす時間も余裕もないという家庭もあります。家族や身近な人に支えてもらうことが難しい子は、希望や意欲を持つことが簡単にできるとは限らないのです。スタートラインにさえ立てていない状態だと思います。

がんばろうと努力する人だけを支援すればよい、と貧困にある人を選別するのは違うのではないかと思います。やる気を出して、努力することが難しい状況もあり、そのことだけを持って切り捨てることはできないと思います。子どもの貧困は、相対的貧困率といった数字で表われる経済的な貧困もありますが、そこには含まれない心の貧困もあります。もっと広い範囲で考える問題だと思います。

社会で一番大切なのは「人」であるはずです。すべての人の可能性を広げるのは教育だと思います。貧困であるために教育を受けられない、選択肢が狭まってしまう、そういうことがなくなってほしいという思いで私は活動しています。自分にできることがあまりにも少ないし、自分はまだ何も知らない、と自分の力不足を痛感することばかりですが、教育の可能性を信じて、これからも活動に関わっていきたいと思っています。

昨年開催の全国キャラバンにて(最前列左端が木戸さん)
出典: あすのばFacebookページ

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【法成立4周年・あすのば設立2周年のつどい】6/17(土)開催 参加者募集中! 
詳細は、あすのばウェブサイトをご覧ください。


聞き手・野口由美子

2017年6月1日木曜日

背が低い。子どもがコンプレックスを克服するまで

私の息子が、自分のコンプレックスとして気にしているかもしれない、と私が以前から思っていたことがあります。

息子の身長が同級生の子たちに比べて、頭ひとつ分低いこと。

オランダに住んでいる今では、私自身も含めて家族全員、周りの人たち(オランダの成人平均身長は女性170㎝以上、男性180㎝以上!)と比べて、だいぶ背が低く、私のような大人にとっては特に気になることではありませんが、子どもの世界ではそう簡単に割り切れないかもしれない、と少し気になっていました。


やっぱりコンプレックス?

学校では、日本の小学校のように背の順に整列することはありませんが、歌や劇の発表で壇上に並ぶとき、息子はいつも最前列の端の方にひっそり立っています。普段の学校生活でも、教室にある高い棚に置いてある物が自分だけ取ることができず、

「私がいつでも取ってあげるから、言ってね。」

クラスの女の子から親切な言葉をかけられても、あまり素直に喜べない様子でした。

「ティーンエイジくらいになると、もっと背が伸びて大きくなると思うよ。」

そんなことくらいしか私は言えませんでした。


「あなたの長所は何?」

ある日、学校で、自分の長所を書く、という宿題が出ました。何を書くのかな、息子が書いた内容を見ると、そこには、

「せがひくいこと」

と書いてありました。私は内心、かなり驚いてしまい、本人にどうしてそう思ったのか聞いてみました。

「だって、背が低いと、おにごっこでみんなに見つからないように隠れられるし、誰よりも早く逃げられるし。みんなぼくのこと捕まえられないんだよ。背が低いってラッキーだと思わない?」

私は身長が低いことがコンプレックスにならなければいいけれど、くらいに思っていましたが、息子はコンプレックスどころか、いつの間にか背が低いことを自分の長所として気に入っているようでした。

オランダに来てから、こんな言葉を聞きました。

「どんな短所にも長所はつきもの」

いい言葉ですね。自分の子どもには教えるまでもありませんでしたが、私自身は時々思い出して、息子に負けない前向き思考を努めています。


参考記事: 
ママのための子育て情報WEBマガジン ママスタセレクト
「なぜうちの子だけできないの!?」子どもの気になる短所に、目からウロコの一言
(私が書いたこの記事にもこの「名言」の紹介をしています。こちらもご覧いただけるとうれしいです。)


野口由美子

2017年5月24日水曜日

決め手は何? 海外赴任と子どもの学校選び

当ブログでは、「世界で見つける子育てのヒント」というテーマでいろいろな話題を取り上げさせていただいています。その中でも、海外赴任時の子どもの学校選びについて、時々お問い合わせいただくことがあります。

私自身も悩んできたのでよくわかります。日本に住んでいた時、子どもの教育といったら、近所の保育園で受け入れてもらえるところ、小学生になったら住んでいる学区域の小学校へ、ということくらいしか考えたことなかった私にとって、海外への引っ越しは、子どもの教育が大きな問題になりました。我が家の場合、日系の幼稚園や日本人学校、現地の学校にインターナショナルスクール、といろいろな選択肢があることは、うれしいというより、悩ましいばかりでした。


ある手厳しい一言

教育の選択で何がベストなのかは、その子自身の性格や年齢、住む地域の環境、赴任期間などなど、その子自身の置かれた状況によって、全く違うと思います。誰かの経験に当てはめて決められないのですが、いろいろな人の経験を聞くことでわかってくることもあります。私もいろいろな方の体験談を聞きました。

その中で、私がとても考えさせられた一言があります。

「自分の子どもを落ちこぼれにしたくなかった。」

だから、小学校1年生から日本人学校に入れることを選んだ、とその方は続けて言いました。

現地校やインターに入ると、学校の使用言語ができるようになるまでは授業の内容もわからない「落ちこぼれ」になり、苦労することになる。それだけでなく、日本に帰国し、日本の学校教育に戻った時、また「落ちこぼれ」になる可能性は高い。語学ができるようになるから、と選択をするのは安易だと思う。第一言語である日本語をまずはしっかり身に付けてることは大切だし、日本の学校の勉強だって甘くはない。

そういう意味だったようです。

「落ちこぼれ」覚悟?

確かに本当に優秀な子もいて、現地校で飛び級するほど優秀、日本の学校の勉強もちゃんとできる、という子もいましたし、平日現地校から帰ってきたら日本の塾、通信教育もこなして、ものすごく努力をしている子も見たことがあります。

我が家は、といえば、正直なところ、どちらも中途半端だと思います。小学校3年生の上の子が、もし今日本で小学校に入ったら、多分授業についていくのに精一杯で、とてもではないけれど、良い成績は取れないと思います。だからといって、英語ができるかといったら、そうでもありません。ちゃんと通用する英語ができるようになるには、子どもの間だけでなくもっと大きくなるまで勉強しないと身に付きそうにもありません。

確かに、私の子どもは、ある意味、落ちこぼれを経験してきていると思います。そういう遠回り、日本にいたらしなくてもいい苦労を経験することが子どもにとって何を意味するのか、この方の言っていたことは手厳しいですが、的を射ていたと今になって思います(ご自身もいろいろ思うところはあったのでしょうけれど)。


自分の答えはどこに?

そんな「落ちこぼれ」を経験する意味、私が答えるとするならば、弱い立場の子の気持ちがわかるようになってほしかった、ということになります。クラスに言葉もわからない転入生がやってきた、友達の輪から浮いてしまって遊びに入れない子がいる、勉強がわからず戸惑っている子がいる、自分自身がそうなった体験は子どもにとって鮮烈なものだったと思います。そこから、次に、そういう子がクラスにいたら自分はどうするか、一緒に考えたかったのです。

私の考える答えはだいぶ変わっていると思いますが、日本の教育から一時的に(完全に、ではないので悩みが複雑になる部分がありますね)離れることの意味を考えるひとつの視点になると思います。


野口由美子

2017年5月17日水曜日

賛否両論? 育児CM動画(私が好きなのはこれ)


日本の育児CM「つらくてもがんばるママ」

日本の赤ちゃん用オムツ「ムーニー」などを手掛けるユニ・チャームの企業広告が批判されている、という話を聞き、私も動画を観ました。

初めてママになって戸惑いながら、苦労しながら、がんばって育児をする様子。疲労困憊の様子。正直、私もそうだったなぁ、と思いました。この動画を嫌う人は多いようですが、「つらくても一生懸命なママ、がんばれ!」という応援の気持ちを込めたかったのだと思います。


アメリカの育児CM「みんなが赤ちゃんのために」

この動画との対比で一緒に紹介されていることが多い「パンパース」のCMも観てみました。この動画に登場するのは、ママだけではなく、夜泣きする赤ちゃんを一晩中抱っこするパパや、赤ちゃんにおもちゃを貸すお姉ちゃん、階段でベビーカーを運んでくれる男性、赤ちゃんが通る時は工事を中断する作業員。これも、イギリスやオランダに住んでいる今の私にとっては、そうそう、みんなで赤ちゃんを大切にする感じなんだよな、と共感できるものです。

でも、育児の時間は宝物、とか、赤ちゃんのためなら何だってする、とか、どっちも育児を美化しているなぁ、と思いました。オムツメーカーですし、美しくありたい気持ちは大切なのはわかります。


イギリスの育児CMは?

育児CM、というと私が真っ先に思い出すのはこれです。フィアットがイギリスで制作したFiat 500LのCMなのですが、完全にユニ・チャームやP&Gの逆の方向を行っています。面白いのでよかったら、観てください。

'The Motherhood' feat. Fiat 500L | Fiat UK




初めて観た時は、なんでこれが車のCMなのか、育児CMの定番であるはずの「すてきなママ」がどこにもいないのでびっくりしました。Motherhood、母であることを美化するどころか、きれいなところが全くないです。でも、うなずけるし、ユーモアとして笑えます。

このCMを作ったのは容易に予想できると思いますが、女性です。彼女がフィアットの役員会でこのCMを初めて上映すると男性役員たちの表情が固まり、こんなCMではリスクが高すぎて使えないと認めてもらえなかったそうです。しかし、マーケティング担当の役員が家で妻に見せると、笑って面白がっていたそうで、結局採用されることとなり、大きな反響を呼びました(やはりこのCMに対する意見も賛否両論だったようです)。


パパは?

そしてもちろん、父親をテーマに続編も作られました。

The Fatherhood - Fiat 500L 12" Remix | Fiat UK



私は、やはり、母親の方が迫力があるし、面白いな、と思いましたが、どうでしたか。

CMは、企業の思惑によってできていますが、とてもよく考えて作られているので、社会環境や人の心理が巧みに作用するような仕掛けになっていると思います。それぞれ、どの育児CM動画もそういった背景がとても鮮明に表現されていたのではないかと思います。

また面白い育児CMが作られるたら是非観てみたいです。

参考: Daily Mail "In da (mother)hood: Car advert rap about faking orgasms and joining book clubs to drink wine strikes a chord"


野口由美子

2017年5月12日金曜日

学校のPTA活動、いろいろ思うところあり。海外では?

学校の活動に親が関わることは大切。幼稚園や小学校など、子どもがまだ小さいうちは特に。

わかってはいるけれど、負担が重いとなかなか大変。

役員やその他の係。やりたくないけれど、持ち回りだから、みんなが1度はやらなくてはならないから。強制ではないのだろうけれど、強制というか義務というか、仕方ない気持ちで引き受ける、そんなこともあると思います。


親のボランティア精神で!の海外


親が学校の活動に関わるのは、あくまでボランティア。ヨーロッパに住んでいると、もっと親は割り切った態度でいるように見えます。

ボランティアだから、やりたい人が自発的に手をあげることが重要で、それがすべてです。強制されることはありません。それでうまくいくものなのでしょうか。


ボランティアの人数が集まらなかったらどうするの?


そのとおりです。人数が集まらなかったら何もできなくなります。

たとえば、娘の学年は今、毎週水泳の授業があり、公営のプールへ学校からバスで行きます。その往復と着替えの補助として各クラスから2人の保護者が付き添います。

先生からの依頼という形でクラス委員(これも立候補で毎年1人選出)の親がクラス全員にメールでお知らせ、教室の前に表が貼られます。付き添い可能な親が名前を書きこんでいきます。両親のうちどちらかが、各学期に1回は付き添いをしなければならない計算になりますが、この表がなかなか埋まらないのです(積極的な親が多い息子のクラスはあっという間に名前が埋まったのですが)。

水泳の授業が近くなると、クラス委員からお願いメールが送信されてくることもあります。

「誰か今週の水泳の授業に付き添いできる方はいませんか。私の他にもう1人必要です。」

クラス委員の人はもうすでに何回も付き添いをやっているのを知っているので、申し訳ない気持ちになります。仕事があるとか、赤ちゃんが家にいるとか、事情があってできない親もいますが、関心がないのか全然やらない親もいます。

何とかギリギリやっている感じです。実際に、近所の公園に行く校外学習の日に、親の付き添いのボランティアが集まらず、中止になったこともありました。


完全に親のボランティアだけだと、毎年ちゃんと行事ができなさそうじゃない?


これもそのとおりだと思います。

しかし、そもそも、日本の学校で行うような入学式や運動会のような盛大な行事があまりありません。

入学式はやらないので比較しようがないのですが、運動会で比べてみるとかなり違いを感じます。

たとえば、イギリスの小学校では、運動会は定番の学校行事だと思います。Sports Dayといいますが、運動会と訳すべきではないと言いたくなるくらい違う、「ゆるい」行事です。気候のいい6月くらいに、みんなで青空の下、体を動かそう、くらいのものです。かけっこしたり、2人3脚したり。

事前に入念な練習もしませんし、盛沢山のプログラムをこなすための分刻みの進行が必要なわけではありません。観に来る家族も多くないので観客席などの設営を事前に行うこともありません。

日本人の親にはちょっと味気なく感じますが、学校行事が全体的にそういう簡単なものであるからこそ、PTAの仕事も少なくて済むというのも事実だと思います。


海外の学校で親が熱心なこと


でも、ヨーロッパのPTAが日本より熱心にやっていることがあります。

それは、寄付集め。

ウィンターマーケットやサマーフェア。ベークセールに中古のユニフォーム販売。PTAがイベントを企画し、バザーなどの物品販売や飲食の売り上げを寄付します。ユニセフや地域の慈善団体など外部への寄付もありますが、学校への寄付が一番の目的のようです。

イギリスに住んでいた時、近所でPTA活動が盛んな公立の小学校がありました。頻繁にバザーやフェアを行い、PTAから学校へ、かなりの数のタブレットを寄付したそうです。

とはいえ、こういったイベントもそれほどしっかり運営されているわけではありません。毎年出たとこ勝負で、内容が充実している年があるかと思えば、翌年は急に簡素になってしまったり。フェアに参加するメンバーも活動に熱心ないつもの顔ぶればかり。


学校の日本人保護者有志による、親向け折り紙ワークショップを開きました

日本食もふるまって日本文化紹介です
(お寿司やお菓子を率先して作ってくれる熱心な方が多いので開催できています)



どっちがいいPTA?


日本と比べて、どちらのPTAがいいか、と言ったら、海外の学校の方が、自分のできることだけをやればいいので、気が楽なのは確かです。しかし、日本でそういうスタイルが根付くかといったら、それは難しい気がします。個人の力よりも、組織で力を合わせることが重視され、ボランティア精神からくる自主性よりも、負担が公平、平等であることの方が大切なのが日本の価値観ではないかと思います。どちらがいいか、と決められるものではないのかもしれません。

どちらにしても、親の関わりあってこその学校だと思うので、親にとっても学校が身近で、参加しやすいPTAであったらいいなと思います。私もまだまだ、精進します。


野口由美子

2017年5月2日火曜日

子どものトイレトレーニング、早い? 遅い? 何が違う?


イギリスに住んでいた時、私の娘は現地の保育園にお世話になったのですが、最初に目の当たりにしたことが、

「2歳半でトイレトレーニング開始は遅い方」

ということ。

しかも、イギリスでは短期間でトイレトレーニングを進めることが多いようで、1週間で完了、というのも珍しいことではないようでした(もちろん、子どもの成長には個人差があるので、遅い子や時間のかかる子もいました。他人は他人、周囲と比べる必要はないと考えるのが基本なので、誰も気に留めませんが)。

その時の体験談を記事に書かせていただきました。

ママのための子育て情報WEBマガジン「ママスタセレクト」
トイレトレーニングが1週間で完了、その秘訣とは?

この記事には書かなかったトイレトレーニングの秘訣、があります。

オムツが親にとって「負担」


イギリスでは、日本で感じる以上にオムツが親にとって負担なのです。そういう「負担感」こそ、トイレトレーニングが早い本当の秘訣だと思いました(これでは、秘訣とは言えないですね)。

まず、紙オムツの質。イギリスなどヨーロッパでも、もちろん紙オムツが主流なのですが、日本よりも質が悪く、お尻がかぶれたり漏れたりしやすいです。動きやすいパンツタイプのオムツがあまりないことも。しかも、日本より値段が高い。それでは早くトイレトレーニングを進めたいと考えるのは当然だと思います。

そして、集団生活集団生活のスタートが早いこと。イギリスでは2歳半から受け入れをしている幼稚園が多く、2歳くらいから集団生活を始めるという場合も多いです(通常3歳から国からの費用補助があるので、3歳になるとほとんどの子が幼稚園などに行きます)。いろいろなスタイルの施設があるので、オムツが取れていることが入園条件になっているとは限らないのですが、集団生活を始めるまでにトイレトレーニングを終わらせたいと考える親は多いようです。

便利な育児用品の品揃えも日本の方が上。トレーニングパンツのような便利で機能的なパンツもあまりありません。トイレトレーニングをするとしたら、いきなりオムツからパンツに替えるというやり方になります。親にとってはちょっと勇気が必要ですが、トレーニングパンツやオムツを使うより、パンツの方がトレーニング期間は短くなる、という話もよく聞きます。便利な道具がない分、思い切りがつくのかもしれません。

トイレトレーニング事情は恵まれている日本?


日本で子育てをしていると、
「こうしなくてちゃダメ」
「これができなかったら母親失格」
みたいな考えが多すぎて母親がつらい、という話をよく聞きます。「母性神話」や「3歳児神話」のような話もたくさんあります。特に海外に住んで、違う文化を見ると余計そういう実感が強くなるかもしれません。私自身もそう思うことがあります。

でも、トイレトレーニングに関しては、日本は自由があるのではないかな、と思います。紙オムツは高品質で価格が安く、使いやすいです。布おむつを使わないとトイレトレーニングが進まないので母親失格、というような「トイレトレーニング神話」はないと思いますし、紙おむつは環境に悪いので使う親は意識が低い、と責められる話もあまり聞きません。幼児教育の義務化や無償化も進んでいないので、集団生活を始めるタイミングをずらしやすいですし、幼稚園の先生がトイレトレーニングのフォローをしてくれることもよくあります。

「昔はオムツが外れるのがみんなもっと早かった。」
自分の親くらいの世代の方からよく聞きます。早い子もいれば遅い子もいる、今の時代のトイレトレーニングは、昔の日本と比べても、自由になってきたんだと思います。トイレトレーニングみたいに、子育て全般がもっと自由になっていけばいいのに、とひそかな願いも込めています。


野口由美子



2017年4月26日水曜日

海外子どもの遊び事情(室内編)

「今日は楽しかった? 何して遊んだの?」

学校どうだった?と聞くのと同じように、友達と遊んで帰ってきたら、いつも子どもに聞いてみています。子どもはどんなことして遊んでいるのか? 大人にはなかなかわからない、子どもの社会を垣間見るような思いになります。

いろんな国の子たちが入り混じっているこどもたちの遊び事情について前回の記事(海外子どもの遊び事情(屋外編))に続き、今回は家で遊んでいる様子を。


  • チェス

日本ではチェスはマイナーですが(私もいまだに、ルールさえよくわかっていません)、こちらだと、大抵の子はお父さんかお母さんから教えてもらってルールを知っています。学校にチェスクラブがあったり、地域で子ども向けの大会が頻繁に開かれていたり、チェスをやる場もたくさんあります。

息子の場合、私たち両親が知らなかったので、チェスクラブに入りたいと自ら志願し、定石の問題を毎週少しずつ解いているようです。そんなことを2年以上続けてる息子には、どうぶつしょうぎでも、両親ともに勝つことはできなくなりました。チェスも私たちが思っているほど難しいばかりのゲームではなく、子どものうちから楽しむものだそうです。





  • テーブルフットボール

日本にも卓上のサッカーゲームがありますが、ヨーロッパには、テーブルフットボールといったらこれ、というスタンダードなサッカーゲームがあります。日本のものより大分単純な形。我が家にも1台あるのですが、好きな子は勝つまで、いつまでもやっていたいようです。ホテルのラウンジで、ビリヤード台の隣などの片隅にテーブルフットボールが置いてあって、大人たちが盛り上がっている、なんて光景を見ることもあり、誰でも楽しめるゲームとして定着しているようです。





  • ルービックキューブ

最近、学校へ送り迎えに来ると、8歳から11歳あたりの学年の子たちが、熱心にルービックキューブをいじっている姿をよく見かけます。ちょっと古い感じがするけど面白いのかな、意外に思いましたが、今学校で流行っているとのこと。うちでもルービックキューブを買おうと、ヨーロッパのアマゾンのサイトを見ていると、子どもに買い与えたという親の書いたレビューがたくさん出てきます。今も子どもたちに親しまれているようです。得意な友達は1分程度で完成してしまうそうで、息子もコツをつかもうと一生懸命練習しています。

ちなみに、興味本位で、日本のアマゾンのサイトで、ルービックキューブのレビューを見ると、大人が、自分で使う観点で評価しているものが多かったです。ルービックキューブが好きな大人がやるもの、という印象を受けました。子どもが遊ぶおもちゃではないみたいですね。


  • (番外編1)ポケモンカード

ルービックキューブが学校で流行り出す前、一時期、男の子たちの間でポケモンカードを学校に持って来るのが流行りました。ポケモンカードゲームをするのではなく、ただカードを見せ合ったり、交換したりするのです。オランダの近所のおもちゃ屋さんに行くと普通に英語のポケモンカードが売っています。日本人の子が日本語のポケモンカードを持って来ると、

「かっこいい!」

と人気だったそうです。

大人なら誰もが予想すると思いますが、やはり子ども同士でトラブルになったようで、


「ポケモンカードを学校に持って来るのはやめよう。なくしたり、交換したカードを返してほしくなってケンカをしたり、トラブルになるから。先生がポケモンカードを禁止するのはこれで7回目になるんだよ。」

校長先生が禁止にしたそうです。何年か経つとまたカードを持って来る子が現れるので、何回も禁止令が出るのでしょう。ポケモンの人気ぶりがよくわかりました。


  • (番外編2)テレビゲーム

もちろん、テレビゲーム類も人気なのですが、それほど重要ではないようです。確かに、テレビゲームを持っている子の家に行くと、息子もやらせてもらっていることが多いです。

でも、テレビゲームは意外とみんなの好みが分散してしまっているようで、サッカーのゲームばかりの子や、マインクラフトだけという子、マリオが好きな子、やるゲームがバラバラで、みんな共通で楽しめる遊びになりにくいみたいです。しかも大抵の家では、時間制限などの約束事があって、親に監視が面倒に思うのかもしれません。

海外の子どもの「たしなみ」


子どもの遊びの世界にも「たしなみ」があって、心得ておくと、初めての場所で新しい友達を見つけたり、みんなで遊んだり、簡単なようです。しかも、上手だと尊敬され、周囲のまなざしが一気に変わります。男の子にとってのたしなみは、外ならサッカー、家ならチェス、が一番みたいです。


同級生の中でも頭1つ分、背が小さく、性格も大人しい息子は、親の私から見ても決して目立つ人気者タイプではありません。

「この間のチェスクラブでレイ(クラブの中で一番チェスが上手な上級生)に勝ったんだってよ。」

息子のことを指さし、そう話していた子たちの息子を見る目が一変したのを感じました。羨望のまなざし、のようで、正直私がうれしかったです。

昔からある、簡単にできる遊び。でも奥が深い、体や頭をフルに使う、そういう遊びが大切にされているのはいいことだな、と思います。私もチェスでもやってみようか、と。


野口由美子

2017年4月19日水曜日

海外子どもの遊び事情(屋外編)

日本でも海外でも、子どもが何より楽しいのは、友達と遊ぶ時間。

私の子どもたちが通っている学校は、アムステルダムにあるブリティッシュスクールで、オランダ人の子は少数派、イギリス人も少なく、いろいろな国の子がいます。私の子どもたちの友達はヨーロッパ各国から来た子か、インド人の子が中心。時々日本人の子同士でも遊んでいます。子どもたちのバックグランドがいろいろ違うと、どんなことをして遊ぶのだろう、と興味津々の私は、よく子どもたちに聞きます。

「今日は楽しかった? 何して遊んだの?」

息子たち、小学生男子はこんなことをしてよく遊んでいます。今回は外遊びについて。

おにごっこ

本当に小さいうちから、子どもは追いかけっこが好きですよね。小学生になっても、元気のいい男の子たちはとにかく走り回っています。

子どもたちの流儀は、
「タグ!」
と言って、相手にタッチしたら、おにごっこがはじまる合図。タッチされた子は相手を追いかけなくてはなりません。「一緒に遊ぼう」とうまく話しかけられなくても、何も道具がなくても、どこでも誰でも始められる、最高の遊びかもしれません。

大きくなると、子どもが自分でルールを作ることもできます。9歳の息子くらいの年齢になると、男の子と女の子が一緒に遊ぶことは少なくなってきますが、男の子たちがおにごっこをしているところに、女の子が何人か入ってくる、ということもあるそうです。

みんなが一緒に楽しめるように、
「タッチされた子はみんなおにになって、おにが増えていく。男の子は女の子を、女の子は男の子をつかまえなくてはならない。」
というルールをみんなで決めた、と息子が話してくれました。男の子は男の子ばかりを追いかけるし、女の子がおにになると、誰も捕まえられなくなることが多いから、というのが彼の説明でした。なるほど。

サッカー

どこの公園にもサッカーボールを持った子が来ていて、いつの間にか、知らない子同士でもサッカーが始まります。サッカーは、どこに行っても人気のあるスポーツです。日本の少年野球のような感じで、地域のサッカーチームに入って練習している子もたくさんいます。

私は、日本に住んでいた時、近所の公園で球技が禁止されていたことを思い出しました。東京、ロンドン、アムステルダムを比べたら、東京が一番、子どもがサッカーをやる場所が少ないように感じます。日本は安全な分、制限も多い、ということかもしれません。


近所の小さな公園なのですが、サッカーをする場所があります。

学校の休み時間、男の子はおにごっこかサッカーに分かれて遊んでいるそうで、日本の小学校も似たような光景なのかな、と想像するのですが、どうでしょうか。

男子は外で遊ぶのが一番! とはいえ、暗い、寒い、天気が悪い冬の季節も長いので家の中での遊びも重要です。次回、屋内編を紹介したいと思います。


野口由美子

2017年4月13日木曜日

日本の小学生、ここがうらやましい!

日本の小学生の子どもたちって恵まれているな、と海外で生活して初めて気が付くことがあります。

「日本では、小学校1年生から子どもだけで学校へ行くから、集団登校もあるけれど、親は送り迎えをしないもの。」
日本人以外の人に話すといつもびっくりされます。東京でも大丈夫、なんて言ったら、都市でもそんなに安全なの!? と信じられないようです。


学校の送り迎えは親がするもの

法律で親の義務となっているかどうかは、ヨーロッパでも国によって違うようですが、大人が小学生の送り迎えをするのは当然、と考えられています。私も毎日学校の送り迎えをしています。

働いている親はどうするの、と思われる方もいるかもしれません。学校で行われている朝夕の学童クラブのようなものを利用したり、自分の親に助けてもらったり、シッターを雇ったり、スクールバスやその他の送迎代行のようなサービスを使ったり、いろいろな方法でやりくりしています。


小学生でも自由に遊べない

こういう環境で、私が一番残念に感じていることは、子ども同士で遊ぶ約束をしたり、子どもだけで友達の家や近所の公園へ遊びに行ったりすることができない、ということです。

子どもに「友達と遊びたい」と言われたら、まず、親である私がその友達の親と、コンタクトを取らなくてはならいません。

「うちの子があなたの子どもと遊びたいそうなので、放課後うちに遊びに来ませんか。私が子どもたちを学校から連れて帰ります。」

いつが都合いいのか。誰が普段送り迎えをしているのか。家の場所はどこか。うちまで迎えに来られるか。初めてうちに来る友達だったら、ちゃんと事前に話をしておかないといけません。

お互いの家を時々行き来できる感じになってきたら、確認しておきたいことが追加で出てきます。

普段家の夕食の時間、就寝時間は何時か。 食物アレルギーなどで食べられない物があるか。

小学校1年生から午後3時頃まで学校で授業がある上に、就寝時間の早い子が多いという事情もあって、うちで一緒の夕食を食べていってもらったり、子どもたちの希望があれば泊まっていってもらったり、ということが頻繁になっていきます。子どもの行動範囲が限られている以上、親が動かない限りどうにもなりません。

親の負担もかなりのもの

延々と親同士でメッセージのやり取りをして、スケジュールを調整したり、送り迎えしたりしていると、あっという間に時間が経ってしまいます。

親にしてみたら、正直なところ、かなりの負担ですが、それをこなしたとしても、子どもにとっては、友達と遊びたい時に自由に遊べない、という不満が残ってしまう、と感じています。

私の場合、子ども2人分のスケジュールで動かなくてはならず、うまく遊ぶ約束ができないこともあります。子どもの習い事はやっぱりここでも盛んなので、子どもが遊べる日は限られています。誰が何曜日遊べるのか事前に情報収集して、子どもから遊びたい相手を複数聞き出し、Yesの返事を早くもらえそうな人から手際よく声を掛けて、予定を埋めていかないと、せっかく放課後遊ぼうと思っても遊ぶ相手がいないのです。近所の公園に行けば、約束していなくても友達が何人かいる、という光景もあまりありません。子どもはすごくがっかりします。


子どもにとって安全な環境、他にはない良いところ

確かに日本でも子どもが犠牲となる事件が起きていて、かつてほど安全ではないと言われていますが、日常的に、学校の送り迎えが親の義務となったり、子どもだけでの留守番や外歩きが禁止されたり、ということはまだありません。日本のような安全な国は奇跡的だと思います。

日本はうらやましい、と思いながら、私は今日も携帯電話で親同士のメッセージを乱発しています。他のお母さんに「いつも子どもを友達と遊ばせていて、あなた偉いわよ!」とほめられるくらいなので、どこの親にとっても日本の環境はうらやましいものではないかと思います。


野口由美子

2017年4月6日木曜日

4月から新生活。育休後の不安、誰にでも


初めての育児休暇明け。1年休業した後の職場復帰、もうすぐ1歳になる子どもの保育園。4月になると、私も毎年自分の育休明けの時のことを思い出します。

子どもが保育園など家の外で「社会」生活をスタートさせる時、というは、親にとって忘れられない思い出です。

子ども自身にしてみたら、まだ1歳くらいの時のことなんて、まるで覚えていませんが、長い時間を過ごした保育園で身に付けたことは大きかった、とつくづく思います。

親である私自身にとっても、あの時スタートがあったから、今の自分がある、と思います。私のスタートはあまり立派なものではありませんでしたが。

育休後の職場復帰の体験を記事に書かせていただきました。ご覧いただけるとうれしいです。

ママのための子育て情報WEBマガジン「ママスタセレクト」
【体験談】やっぱり不安? 育休後、職場復帰はどうだった?

私自身、不安だらけで4月を迎え、初出社日も結局子どもが病気で行けませんでした。昔と同じように自分の思うようには何もできない、職場にも迷惑をかけて、不安は的中! というスタートだったかもしれません。

でも、自分ができないことに目を向けるのではなく、育児休暇中にはなかった仕事での刺激や達成感があったり、仕事が終わってから子どもと過ごす時間が本当に楽しみだったり、今思い返せば、本当はいいことだらけだったなのでは、と思います。

やっぱり不安、両立なんてできそうもない、辞めた方がいいかも。そう思う時は誰でもありますが、子どもは親がいない所でも多くの愛情を受けて大きくなっていきますし、仕事も自分がいなくても何とかなってしまうことが多いものです(無責任に聞こえるかもしれませんが、親業に比べれば)。

子どもの人生も親である自分の人生もまだまだ先は長い、新生活のスタートが実り多いものであってほしいと、4月はいつも祈るような気持ちになります。


野口由美子

2017年3月30日木曜日

お金って何? 子どものお小遣い、我が家の場合

最近、息子は家族の洗濯物をたたむのが日課です。洗濯物を干すこともやりたがります。

「お手伝いを積極的にやるなんて、えらいわね。」
なんて褒めてくださる方もいるかもしれませんが、今我が家ではお手伝いをやった分だけお小遣いをあげているから、という事情を聞いたら、

「お手伝いでお金をあげるなんて。お手伝いはお金のためではなくて、家族のためにするものだと思うけれど。」
ちょっと否定的な感想を持たれるかもしれません。

家族への愛情、という旗印のもと、
家事=タダでやるもの
という考え方は根強いのかもしれません。

どちらかというと否定的に思われる印象がある「お手伝いしたら、お小遣い」制度ですが、我が家ではあえて導入。2年以上経ちました。この制度はお金の教育として機能していると私自身考えるようになりました。お金の機能を丸ごと理解できると思います。


お金の機能1: お金は価値を測るもの

今、息子は1日分の洗濯物をたたむと1ポイントつきます。10ポイント貯まると1ユーロ渡しています。日本の物価に合わせて考えると、お手伝い1回10円程度です。彼にとって100円って結構大切、ということになります。彼なりに、金額が高い、安いを考えるようになり、むやみに物をねだらなくなりました。


お金の機能2: お金は交換の手段

お金を何に使うか、ということを子どもなりに考えるようになりました。最初は手元のコインが増えていくのが楽しかったようで貯めることに熱心でした。でも、ただお金を持っているだけでは意味がないのでは、と本人も気が付きました。
「無駄遣いしたらもったいないでしょ。」
なんて親がわざわざ口出しすることもなく、もし息子が無駄遣いしたら、
「こんなの買わなければよかった。」
という後悔も体験すればいいのでは、と思っていました。結局、息子は日本に一時帰国した時、ポケモンセンターへ行って、自分のお小遣いで好きに買い物して持っていたお金を使い切っていました。うれしそうな顔でした。自分のお小遣いでなかったら、あれも欲しい、これも欲しい、となっていたかもしれません。満足できる買い物、というのはいいのではないかな、と思いました。


お金の機能3: お金は保存できる

今息子は、ポケモンセンターでの買い物も興味がなくなり、ゲーム機のソフトがほしくて、お金をせっせと貯めています。ゲーム機自体もまだ家にないので、ゲーム機を誕生日プレゼントにもらえるように親(私)を説得する作業もまだ残っているのですが、お金を貯めて、自分でソフトを買う! という目標に向かって、意欲的です。


息子のおてつだいポイント表(地道に努力してます)


より良い仕事ができるように

お金の機能とは、なんて経済学の教科書みたいですが、労働の対価としてのお金について、私も考えさせられました。

ある時、息子が全くお手伝いをやらなくなりました。どうも労働意欲がわかないようです。欲しい物がない? そんなことないだろうと思い、私は賃金(お小遣い)水準を見直すことにしました。私のアイディアはボーナス制度でした。
お手伝い1回 1ポイント
はそのままで、
5日間連続でお手伝いすると、ボーナスポイント 5ポイント
を追加しました。

仕事が手早くなって、洗濯物をたたむだけでなく、洗った洗濯物を干すことも手伝えるようになり、両方やれば1日2ポイント。月曜から金曜まで毎日やれば、ボーナスポイントも合わせて1週間15ポイント。1ヶ月で6ユーロお小遣いがもらえます。半年続ければ36ユーロ。半年お手伝いをがんばればゲームのソフトが買える、という計算をした息子は「これならがんばれる」と思ったのか、またお手伝いをやるようになりました。

洗濯物はきれいにたためていないとポイントが認められません。たたんだ洗濯物を人別に重ねてまとめる、タオルが同じ大きさになるようにたたむ、より上手にやろう、もっとできることを増やしたい、と工夫がみられるようになってきました。適切な対価が払われるからこそ労働意欲が高まる、というのは子どもにとっても同じようです。


お金って何だろう? 

とはいえ、いろいろな考え方があるものです。
「お金くれないなら、お手伝いしない。」
なんて子どもが言い出すに決まっている! ということで、お手伝いをするしないとは関係なしに、毎月とか毎週とか、決まった額のお小遣いを渡しているご家庭もありますし、必要な物がある時にその都度相談してお金を渡すという方もいました。

オランダ人の子が、近所の家を回って
「何か家の仕事をさせてください。1回50セントでやります!」
なんていうお小遣いの稼ぎ方もあるそうです。

お金の教育で一番大切なのは、「身の丈に合ったお金の使い方」を知ることだと思います。自分の「稼ぎ」に見合わない浪費をするようでは困りますし、逆にお金を全然使わないで貯蓄しているだけというのも意味がありません。お金を欲しがるばかりでも幸せになれるわけではありません。自分が持っているお金で「足りる」ということを知るのが重要なのではないかと思います。

我が家の制度も子どもの成長に合わせて変えていかなくてはならないだろうし、まだまだ考える余地がありそうです。お小遣い、大切にしたいですね。


野口由美子